私が開院した理由

なぜ私はこの仕事に就いたのか?

過去を振り返ってみると、そのきっかけは17才のとき。
自分自身のギックリ腰にあったと思います。

このまま踊れなくなったらどうしよう、と不安だった私は、
そのとき習っていたバレエの先生にすすめられるがままに、
鍼灸治療を受けました。

そして、劇的に痛みが減ったのです。

3回ほどで痛みは完全になくなりました。
ものすごく感動しました。

『鍼灸治療ってなんてすばらしいの!』
『こんなもので?どうやって?なんで?すごいなぁ。。。』

身体が動きやすくなったので、「踊りがうまくなった!」と
勘違いしたことも今でも鮮明に覚えています。

この感動が大人になっても心のどこかに残っていたのですね。

東京女子体育短期大学を卒業した私は、
子供達に体操を教えるインストラクターになりました。

元気なインストラクター達の裏には、ボロボロの身体がありました。
私の父も毎年ギックリ腰を起こしては、出張鍼灸師さんをお願いしていました。
祖父も入退院を繰り返し、呼吸が苦しそう。
ダンサー仲間もアチコチ痛い、と言っています。

『これは私が治さなければ・・・誰がやる!!!
 鍼灸治療を習得し、私がみんなを治すんだ~!』

変な責任感と根拠のない自信が芽生えたときでした。

その後、何も分からないまま、スポーツマッサージ鍼灸院へ転職。
受付や雑務、助手の仕事をしながらお金を貯め、
1997年にやっと鍼灸専門学校に受かりました。

受かったのは良かったのですが、
働きながらの学生は思った以上に大変でした。

午前中は鍼灸学校。午後からはスポーツマッサージ鍼灸院。
営業時間が終わってからは、雑務やマッサージの練習、練習、また練習。

指圧のし過ぎで親指が倍くらいに腫れ上がった。
それでもテーピングをしてマッサージの練習・・・
かなり痛くて眠れない日々・・・
浮いているリンゴに鍼をする練習・・・
自分の身体にお灸をし、大やけど・・・
筋肉な頭に膨大な数のツボや筋肉、骨の名前を記憶させる・・・
電車では得意な睡眠学習・・・
オヤジには「ネエチャン、効いてね~よ!」と怒鳴られ・・・
しまいには、マッサージ中に尻を触られたり、手を舐められることも・・・
パンツを脱ぎはじめて、笑っている変な人もいたな・・・
入退院を繰り返していた祖父は、私の施術を受ける前にあっという間に逝ってしまった・・・
なかなか治らず、自分の無力感に泣いたときもあった・・・

悲しい・・・悔しい・・・辛い・・・苦しい・・・逃げたい・・・

でも、持ち前の体育会系根性ってヤツと
『これからも痛みに苦しむ人たちが私を待っている!!!』と
かなりな勘違いで自分を奮い立たせて頑張ってきました。

『治れば何でもいい』と様々な療法を学んだり、
『おひとりおひとりの身体と心にもっと真剣に向き合っていきたい』と
感じたりするなかで、自然に開業を意識し始めました。

そして両親はじめ、周りの人達の支えや協力のお蔭で
2003年、生まれ育った横浜に開院することができました。

今まで続けてこれたのは、信頼して通ってくださる方達や
見守ってくれる両親、理解ある主人と子供、
応援してくださる周りの方達のお蔭です。

本当に感謝をしています。

この感謝の気持ちを忘れずに
患者さんの笑顔のために、治療院を続けていくことが私のやるべきこと。
これからも上を目指して頑張っていきます。

ひとりでも多くの方が、元気にイキイキと過ごせるよう
今後も日々の施術に、勉強に、そして予防知識、セルフケアの伝道師として
健康教室にも積極的に取り組んでいきたいと思っております。

開業当初は『何が何でも私が治すんぢゃ~!』と鼻息荒かった私でしたが(笑)
今では『人は本来の力を取り戻せば、勝手に治っていくんだ。
すごい力をすでに持っている。』と考えています。

日々の臨床を重ねるごとにそれは確信に満ちてきました。

そんな本来の力を取り戻していく過程をそばで見届けることができて、
開業して本当に良かったな、続けていて良かったなと感じています。

そしてこれからも『自分本来の力』を発揮したい方達のために
頼れる応援団長でいたいと心から思っております。

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